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2012.06.23 Saturday | category:-

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サステナビリティ vs. エゴ

2011.04.29 Friday | category:深く考えたこと
「原発事故はいつか起こる。確率が低くても、どこかの世代で起こる。
”次の世代にツケを回さない”というサステナブルな生き方が求められている。いまの原発の安全性は数十年のレベル、これを数百年のレベルにしないとだめだ。」

 ・・・と、その理屈はよく分かる。
 とはいえ、ぼくたちが生きている時代は「いま」だ。
 数世代先のリスクを声高に叫んだところで、結局は自分がイチバンかわいい。サステナブルという言葉を掲げられても、机の上のきれいごとに聞こえる。

        *

 四年前のブログに、ちょうど同じようなことを書いた。(ココ
 そのとき思ったのは、だけど自分の子どもが育ち、孫が産まれたときはどうだろう? 「この子たちのために・・・」という感情は、”自分がイチバンかわいい”を通り越し、一個・二個下の世代まで大事に感じる思いを生み出すのではないか。
 自分の世代さえよければというエゴを脱却させるものは、このような親子愛かもしれない。

 そのときはそれで納得した。
 けれどもサステナブルとなったら、一個・二個下の世代でなく、さらに一般化した議論をしなくてはならない。n世代の問題だけど、帰納法では証明できない。
 ならばここでも、やはりキーワードは「愛」だろうか? 世代によらない愛――それはなんなんだ!? 人間愛? 博愛? それがなんであれ、その愛は「自分がイチバンかわいい」というエゴに打ち勝てるのか!?
 ・・・勝てないんじゃないかな。

 少なくとも理想論では、この問題は解決しなさそうだ。

| author : もっちー | 00:43 | comments(0) | - |

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