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2012.06.23 Saturday | category:-

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錯視と色と文化

2005.12.04 Sunday | category:学び
この間、化粧品のロレアルがやっているワークショップに行ってきました。いろいろと刺激的な話が満載です。

一つには錯視。一番騙されたのが、この渦巻き。赤紫とオレンジの渦は、同じ色のようです。絶対に分からない。
この他にも、たとえば、この二つの図形。80%の人は赤が手前に見えるようです。たしかに、会場では9割近い人が赤を手前に見ている。でも俺には青が手前に見えます。そういう人が、数は少ないけれどもいるそうです。
錯視とは奥が深いようで、脳科学的にこれらの現象を解釈しきれていないとのこと。錯視が見える人もいれば、見えない人もいる。上の「赤青問題」で、俺のような例外的な人もいるわけで、そこら辺が面白い。例外は一体なにを意味しているのか。
ちなみにリンクソースは、講演をされた立命館大学の北岡先生のページ(ロレアルWS専用)です。


二本立て講演のもう一つが、医科研の坂井先生による脳神経科学。認知に関してでした。
それでは問題。下の三つの色を見て「真ん中の深緑色のタイルと近い色は、左右どちら?」。
日本人(文明圏の人)の多くは、左の「黄緑色」と答えるようです。真ん中の色が「緑系」の色なので、同じ緑系に属す「黄緑色」のほうが近く感じるということです。(俺は右の「淡青色」のほうが近く感じたのですが、それでも黄緑色を選ぶ気持ちは、なんとなく分かります)
結論から言うと、右側の「淡青色」のほうが近い。色を三原色の赤緑黄(rgb)で表して客観的に判断すると、そのことが分かるようです。
本当は淡青色のほうが近いのに、「緑」という言葉のバイアスで、黄緑色のほうを近く感じる。以前、養老孟司が「言葉はものを切る」と書いていたのを思い出します。言葉にした段階で、情報が整形される、というのはよく聞く話ですが、このことを強く痛感させられる実験でした。
実際のところ、俺の周りでは、淡青色のほうが近いという人が結構いました。言葉に惑わされず、直感的に色を見ているということでしょうか・・・

最後に脱線ですが、上の実験では「緑色という概念がない民族」の正答率が高い、という結果があるようで、とても面白い対照実験です。これに関連して。
そもそも「緑色という概念がない」ということ自体、初めて知ったときにはカルチャーショックを受けました。色そのものは普遍的な概念であっても、そこに名前を付けるときには「文化」が反映されるということです。
言葉と文化は一体化しているといいます。日本語の「判官びいき」(ただしくは「はんがん」ではなく「ほうがん」と読みます)も、外国語には翻訳しにくいと聞きます。大学でドイツ語を選択したときも、「この言語は情熱的な言葉が多くて、日本語には訳しにくいんだよ」といわれた記憶があります。言語はまさしく文化ですね。

| author : もっちー | 15:31 | comments(3) | trackbacks(0) |

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2012.06.23 Saturday | category:-

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Comment

面白いよねー錯視。
北岡先生のページは、以前どっかのサイトで「動く錯視」が紹介されてた時に見たことがある。初めて見たときはいたく感動したよ。随分前にもブルーバックスで錯視の本がでてたと思うので安価だし機会があったら読んでみて。

こういう色彩・デザイン系の話は個人的にかなり好きで、趣味で色彩検定2級受けて取ったぐらい。(まあ内容量的には4日も真面目に勉強すれば受かる程度だし今もって何の役にも立ってないけど。)

色の認知に民族文化的なバイアスがかかるって話は、虹の色は何色あるか、という問題に関連してちょっと知る機会があったよ。日本人は金太郎アメの如く7色って答えるんだけど、民族によっては2色って答えるところもあるらしい。僕個人の意見としては、実際のところは7色より全然多いんじゃないかと思っているし、一方で藍・紫の区別は人によっては無理なんじゃないかとも思う。科学的にはスペクトル連続な光なのだから、無限色と結論づけることすら出来るわけだし。結局はその人それぞれがどこまで判別できるか、という能力個人差の大きい認知が文化的バイアスによって補正矯正される、ってのが僕なりの理解かな。多分5色にしか見えない人でも無理矢理7色って理解して見てる人とかもいるんではないかな。

ちなみに僕は「近い色」の例では淡青色のほうだと思った。多分色相ではなく明度で類似性を判断してるんだろうと自己分析。近いというのがどう近いのかとかいう定義的な問題もあるかと。

色の名前も日本語的に凄く細分化されていて、日本語大辞典の付録にやたら詳しくカラー刷りで載っていたのを、高校時代にヒマさえあれば眺めていたこともある。どう見ても同じにしか見えないような色に、別の名前が付いているのを見て、当然優れた識別能力のある人が区別して名付けているんだろうけど、実のところはこれは名前が別だから別の色として認識されるのかも、果たしてどっちなんだろう、とか考えたねー。たとえば煉瓦色(#8D1E16)と紛紅(#93181F)なんか僕には同じにしか見えないけど、RGBでかくと全く別物なんだよね。

おおっと長文になってしまった。すまん。

| cosine | 2005/12/05 2:12 AM |

私も淡青色だと思ったー
色は私も大好き。
私はむしろ日本人の名前のつけかたに
とても惹かれるよー

煉瓦色、紛紅、言葉に文化が表れてるよね。

| kazumi | 2005/12/05 12:05 PM |

色は・・・あれっおかしいな。たしかにかなり淡青色寄りに見える・・・(あせあせ)
即席で作ったのがまずかったかも。←まけおしみ

>cosine
虹にはいくつ色がある? ってのもたしかによく聞くね。
認知能力 + 文化の矯正ってのは、まさしくその通りですな。俺もそう思います。
「スペクトル」と「色」との関係、「感情」と「言葉」の関係のように、アナログをデジタルに変換するところがキーですな。cosine好みに表現すると。
デジタルに変換されたもの(色・言葉)があまりにも生活に馴染んでいるから、本当はそこには文化というバイアスがかかるんだけど、そうでなくアナログなもの(スペクトル・感情)がもつ普遍性を感じてしまう。それが一連の違和感ですね。いやー、cosine流は難しい。

>kazumi
日本の色彩ネーミングは、ホント美しいよね。
源氏物語とかの平安時代の面影を感じるし。
とそんなソフトなkazumiが、宇宙物理が専門だったっていうギャップがいいね。うん。(よくわからんな・・・姫をよいしょしたわけです)

| もっちー | 2005/12/05 3:15 PM |

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