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2012.06.23 Saturday | category:-

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人類存続のため???

2007.06.24 Sunday | category:深く考えたこと
「人類の存続のため」という理由づけをよく見るが、なんだかなーと感じます。
 人類存続のために、子供を作りなさい。
 人類存続のために、環境を守りなさい。
 人類存続のために、・・・
 なまじ”進化学”が好きなせいか、こういう論調に反発を覚えてしまうようです。

 進化学には「群淘汰」という考え方があります。レミングの集団自殺とからめて、説明されます。
 レミングは一定の周期で大発生し、そういうときに彼らは集団自殺をします(次々と崖から投身自殺をする)。これを「大発生が餌不足をもたらし、種の存続のために、個体数を減らそうと自殺をする」と説明するのが群淘汰です。自己犠牲な本能が健気で、どこか心打たれます。

 ですが、いまでは群淘汰の説明は間違っているといわれています。身も蓋もない言い方ですが、本能のなかに「自己犠牲」という発想はなく、基本的には「自己本位」しかない、と。たしかに、進化の本質が「自分の子孫を残す」というのであれば、自己本位に越したことはありません。
 レミングの例も、「餌不足になったので外界に餌を求めたところ、おぼれて死んだ」といった説明が正しいようです。なんだか、ちょっとしんみり。
 人類存続のため・・・も、どこかしら群淘汰の香りがしているから、好きになれません。

*

 そうはいっても、近頃は「人類存続のため」というのも、まぁありかな? という気がしてきました。
 きっかけは田口ランディのエッセーでした。そこに「子供が生まれて、この子が大人になったときの世界を考えたとき、いま自分が楽しければいいという気持ちが消えた」なることが書いてありました。なるほどな、と感じます。

 人間は、本能と一緒に理性を持ち合わせています。「理性」に「愛」という感情が重なったとき、群淘汰のような”自己犠牲”の説明も、あながち間違えではないかもしれません。
 子供を持ったときの親の感情を、自分はまだ知りません。その感情のなせる業は、まったく計り知れません。人間というのは、やっぱり不思議な生き物です。

[追記]軽いキャッチとして「人類存続のため」と書いてあると、やっぱり嫌悪感を感じてしまいます。

| author : もっちー | 16:47 | comments(0) | trackbacks(0) |

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